ある病院で初めての手術をする際に、パイオニアをよぶのは、教えてもらうためではない。
社会への言い訳のためのポーズの意味が大きい。
技術の伝達という意味はほとんどありません。
「免許皆伝モデル」は、現実には存在していないのです。
一般紙のある医療専門記者から、新しい手術を誰が実施するのか、その制御をどのようにするのがよいのか訊かれたことがあります。
私は、全く新しいタイプの映画の監督を誰に任せるのかを決めるのに似ていると返事しました。
過去の実額は役に立ちません。
プロデューサーは、才能の片鱗をみせている実績のない若い監督を選ぶことになるでしょう。
たとえ映画が成功しなくても、過去の実績がないことを理由に非難しても仕方がありません。
若い才能を過去の実績で判定することは、原理的に不可能です。
いずれにしても、実際の医療現場で新しい技術がどういうふうに広まっていくか、医療がどう進歩していくかというプロセスが認識されていない。
司法が架空のプロセスを想定し、それに外れることを善悪の問題として捉え、判断を下していることがおそろしいと思います。
警察、検察の能力の質日本乗員組合連絡会議は旅客機のパイロットの団体ですが、航空機事故における警察の捜査に強い異議をとなえています。
東京工業大学の講義テキストになっている『航空機事故調査の立場からみる社会と安全(二〇〇四)』(同会議編)に、過失犯罪に対する警察の捜査手法が書かれています。
実例として、一九八八年に起きた東亜国内航空YS11塑機の米子空港事故(離陸に失敗し、オーバーランして海面に着水した)での、鳥取県警の捜査が詳しく書いてあります。
鳥取県警は、航空機事故を科学的に解明する能力を持ちません。
「探索的捜査」というそうですが、専門的知識を持たないまま、はじめから操縦者の過失を前提として大掛かりな捜査をしたのです。
一年三ケ月の間に、延べ一万九千人もの捜査員を動員し、延べ五百四十五人から事情聴取をしましたが、結局、機長の過失は同定できなかった。
一方、日本乗員組合連絡会議はアラスカの飛行機会社と共同で、アンカレッジ空港で実験をして、原因は機体そのものの欠陥にあったことを確認した。
実験結果は航空機事故調査委員会の報告書にも採用され、この中で、操縦者の判断と操作は「ほぼ適切である」とされました。
それでも県警は操縦者を送検し、最終的に事故から二年一ケ月後、鳥取地検は不起訴処分としました。
警察には人海戦術で証言を集めようと努力することはできても、飛行機そのものに欠陥があるかどうかを調査する能力はない。
そもそもそのような発想すら持ちません。
彼らの手法と論理が通用するのは、世界の限られた一部です。
警察官に飛行機の機体の欠陥を証明せよと求めるのは、小学校の教師に殺人鬼による無差別殺人を、身を挺して阻止せよと求めるのと同じです。
能力がないことを求めるのは無理です。
警察官の日常業務の多忙であること、またその重要性については高く評価しているだけに、畑違いの捜査をせざるをえないことに同情さえ禁じ得ません。
実は、能力の問題は、航空機事故調査委員会にもあります。
予算に制約されるということです。
東京工業大学の講義テキストには、日本の航空機事故調査委員会の年間予算が、五千万円程度(「航空・鉄道事故調」へ組織改正する前の予算)であると書かれています。
航空機事故調査委員会は年間平均四十件の事故調査を実施していました。
この程度の予算では、事故調査に必要な研究や実験を行うことはできません。
エンジン一台の分解検査だけでも二千万円かかるのですから。
九七年、香港発名古屋行きの日本航空機が乱高下し、客室乗務員が一名死亡、他に十三名が重軽傷を負いました。
事故調査委員会はパイロットのマニュアル違反の可能性が高いと報告しました。
検察はこの報告書をもとに、機長を起訴しました。
名古屋地裁もこの報告書を証拠採用しました。
ICAO(国際民間航空)条約は、十分な調査を行って将来に航空運輸の安全を図るために、航空機事故調査委員会の調査結果を、責任追及に用いないと規定しています(実は抜け道の規定もあります)。
これは、将来の航空機の安全が、責任追及より重要だと判断しているからに他なりません。
この裁判に対し、世界中のパイロットが抗議しました。
日本国内で事故があっても、世界のパイロットは調査に協力せず、事故調査そのものが成立しなくなると危惧されました。
私は、この事件のことを、NHKの解説副委員長だった故若林誠一氏から聞きました。
行そもそも、事故を起こしたMD11型というハイテク機種は安定が悪い欠陥機であり、パイロットは誰も乗りたがらなかったそうです。
このため、日本航空はこの機種を売却しました。
安定性が悪いことが、事故につながった可能性があるということです。
しかし、安定性が悪いために事故が起きたという仮説をたてると、証明のための実験をしなければなりません。
実験に莫大な費用がかかります。
予算が足りないので、実験はできず、したがって、その仮説はたてられないのです。
事故調査委員会も自分にできることしかできないということです。
この事件では一、二審で機長は無罪になりました。
〇七年一月二十三日、名古屋高検は上告しないと発表しました。
私は名古屋高検の判断を高く評価します。
これは、日本の検察が、過失犯罪として処理されてきた事件の適切な扱いについて、本格的に考え始めたためだと思っています。
システム事故を個人の罪として処理することは将来の安全を損ねます。
また、正義から程遠いやり方です。
医療においても、警察は判断能力を持ちません。
医療は危うくなった生命を救おうとしますが、しばしば成功しない。
医療は極めて多様な決定をしながら実施されます。
その中には、通常ならば考えつかないような妙案、ほぼ適切なもの、多少は不適切なもの、非常に不適切なもの、いろんなものが混じり合うのです。
ある状況での正しい医療行為は、一つに限定されるわけではない。
正しい医療、あるいは選択可能なものは多数あります。
医師は妥当と思われる範囲で、選択決定しながら診療を進めていきます。
選択された医療によっては、発生するリスクの性質が異なる状況もある。
さらに医療は診断の過ちを病理解剖で確認したり、治療行為の結果を検証したり、反省したりしながら進歩してきました。
医療は常に不完全技術です。
完璧でなくてもやらないといけない。
いつも改善すべき点が存在する。
改善するための努力を常にしているのです。
医療現場では死や傷害が日常的に起こっています。
悪い結果になったからといって、医療に対して業務上過失致死傷罪を適用すると、医療にそもそも内在するこうした性質ゆえに、極めて広い範囲まで犯罪とすることが可能です。
警察官も検察官も医療についてあまりに知りません。
私が手術をしたある検察官が言っていました。
「医療がどのような経過で進められているものかが、想像できていなかった。
さらに自分が想像できていないことが、想像できていなかった」。
彼は、医療従事者側から医療をみたわけではなく、ただ患者として手術を受けただけにすぎません。
手術前後の医療側の業務の多さと、夜勤看護師の業務に驚嘆したようでした。
医療現場で起きる出来事というのはじつに複雑で、対処するために日常的に試行錯誤をしています。

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